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はちかめらのぶらぶら日記

名古屋近郊のお出かけスポットを紹介!(グルメ、歴史、穴場スポットなど)

【廃線探訪・名鉄瀬戸線】名古屋城の外堀を走った電車がすごすぎた!(鉄道・廃線)

廃線探訪 名鉄瀬戸線(お堀電車)

 

みなさんこんにちは、はちかめらです。

 

本日は鉄道ネタです。

名鉄のどの路線ともつながっていない独特な路線、
名鉄瀬戸線の紹介です。

 

名鉄瀬戸線は別名、瀬戸電の相性でも親しまれている路線です。
名古屋の中心街、栄と陶器のまち、瀬戸を結ぶ
現在でも利用者が多い黒字路線です。

 

こんな利用者が多い瀬戸線でも廃線された区間があったことをご存知でしょうか。
瀬戸線が栄に乗り入れたのは今から42年前、1978年8月のことでした。

 

それまではというと名古屋城の外堀を走り、
名古屋県庁、市役所の近くを通って堀川というところまで
達していました。

今回はその廃線跡をたどっていきたいと思います。

 

 

1.何もない住宅街に突然出現! 

まずは現在の路線とお堀区間への分岐となる場所から紹介します。

ここは清水駅

f:id:hachibura:20200827232054j:plain

現在は高架の上を走っていますが、昔は地平を走る路線でした。
この場所から約300m進んだところに住宅街へまっすぐ進む道があります。
この分岐点が栄町駅ができるまで終点になっていた
「土井下仮駅」です。

(修正:誤)土井仮駅→土居下仮駅(2020/8/30修正))

f:id:hachibura:20200827232219j:plain

ここを中に進んでいくと緩やかに左カーブを描く道があります。
これが瀬戸線が走っていたところです。

f:id:hachibura:20200827233028p:plain

鉄道ファンならすぐにピンと来ると思いますけど、
この緩やかなカーブ、どう見ても鉄道跡っぽいですよね。

 

しかし、こんな静かな住宅街に電車が走っていたなんて驚きですよね。
今ではまったく想像もつきません。

f:id:hachibura:20200827232231j:plain

そしてこの未知を奥に進んだところにある行き止まりの向こうが

 

2.いよいよお堀区間へ!

 いよいよ名古屋城の外堀区間(通称:お堀区間)です。
ちなみに、栄町へ向かう新線ができるまではここに土居下駅がありました。

地図で言えば、この部分。

f:id:hachibura:20200827233028p:plain

f:id:hachibura:20200827232435j:plain

名鉄ではおなじみの線路脇の柵が残っています

 

というか、よく外堀に電車を通そうなんてよく思いついたなと思います。
お城といえば歴史的建造物なので、よく名古屋市が許可したものだと思います。

 

さて、お堀区間に入ってすぐのところに
現在の東大手駅があります。

f:id:hachibura:20200827232514j:plain

旧線はここに駅が設けられていませんでした。
というよりは1944年まではあったのですが、休止状態のままだったのです。

第二次大戦の終戦が1945年なので、戦時中に休止になったようですね。
おそらく不要不急と判断されて使用差し止めになったのでしょうか。

 

3.瀬戸線ガントレット(単複線)の宝庫だった

さて、この部分からすぐのところに
「清水橋」と呼ばれる場所があります。

この清水橋は世界でもまれに見る
ガントレットと呼ばれる鉄道設備が1943年までありました。

ガントレットとは複線の線路を寄せて一つの枕木上に並べて設置するといったもので
幅が狭いところで採用されていたものです。

ガントレットについて(リンク先:こひつじの家):説明(ここをクリック)

実際は複線でありながら運用上は単線扱いになるといった
珍しいものです。

画像:
メリットとしては分岐器(ポイント)を設置しないことに寄って
分岐部分のメンテナンスが不要となり、コストが下げられることです。

ただ、複線で運用しているのが一部単線になるため、
ダイヤを作成する上ではボトルネックとなりやすい部分でもあります。

こうしたことから日本では徐々に数を減らし、
現在、営業線では採用されているところはありません。

ちなみに、瀬戸線で採用されていた理由は
お堀の中を通すといった特殊な事情もあり、
橋の下を通る際に
橋の柱と柱の間の間隔が狭いところがあったためです。

瀬戸線では外堀区間が廃止されるまで本町駅付近にずっと存在しておりました。

 

4.鉄道なのにカーブが直角!!

さて、この部分を少し進むと
1つ目の見どころ、「サンチャインカーブ」があります。
サンチャインとはメートル法が始まる前からあった
長さの単位、「チェーン」がなまったものです。
チェーンとは
1チェーン=約20m。
3チェーンなので60m。

半径を表す昔使用されていた単位の名前で数字が大きいほど緩やか、小さいほどきついカーブを表します。

半径60mと聞いてもぱっと思い浮かばないと思いますので航空写真を。

f:id:hachibura:20200828073250p:plain

ほぼ直角!

見てくださいこのカーブ。

直角なんです!!

 

カーブがきついだけに速度制限は25Kmに設定されていたそうです。
運転士さんはさぞかしこの場所に気を使ったでしょうね。

 

5.都会のオアシス

このカーブを曲がった先にあるのが大津橋駅。
場所は愛知県庁、名古屋市役所の斜め向かいです。

 

大津橋駅が官公庁や栄がちかく(といっても2Kmくらい離れているのですが・・・)
瀬戸線で一番賑わっていた場所です。

 

終点の堀川駅まで2駅なのに
最上位種別の特急を含め、ほとんどの列車はこの駅で折り返してました。
ちなみに、堀川駅までは40分に1本程度(最末期)の設定しかなかったようです。


ちなみに、真後ろは車がビュンビュン通り過ぎるほど交通量が多いところなのですが、
外堀だけみると山奥にまよいこんだのか?と思うくらい緑が豊かな場所です。

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写真:山奥ではありません、都会のど真ん中です。

 

それだけに5月中旬~6月上旬になるとヒメボタルが乱舞する姿が見られるようで
ホタル観賞の名所でもあるのです。
※ちなみにヒメボタルが一番多いのは

ここから堀川寄りに向かっていった先の本町橋だそうです。

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ほとんどが遠い田舎や山に入らないと見ることができないだけあって
都会のど真ん中でホタル観賞ができるなんてとても貴重な場所だと思います。

 

6.瀬戸線最大の遺構が残っている!

そして、瀬戸線の最大の遺構がこの場所に残っています。

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唯一、「私有地につき立入禁止 名古屋鉄道名鉄の正式名称)」の文字がここに鉄道を通していたということを
物語っています。
※ちなみに現在は所有権が名古屋市に移行しております。

 

7.最後まで残っていたガントレット(単複線)

さて、この先に進んだところにあるのが本町橋


日本の鉄道路線で唯一最後まで残っていた珍しいところかつ
ダイヤを組む際に最大のボトルネックになっていた場所。

それがガントレットと呼ばれるものです。

 

先に書いた、清水橋同様、複線の線路があたかも単線であるかのような線路の敷き方をしていたので、
ダイヤ上ではボトルネックになりやすい場所だったのです。
それもあってかほとんどの列車は大津町駅で折り返してました。

 

インターネットの記事を見ると列車が通過するのが40分に1本。
本町駅に止まるのは2時間に1本くらいしかなかったそうです。

ほぼ歩いたほうが早いですね。。。。。

 

8.そしてお堀区間の終点へ

さて、その次が終点の堀川駅
場所は愛知県図書館があるところです。

 

今ではひっそりした場所ですが、
貨物輸送が鉄道だった時代はここから出る舟運もふくめ、
たいそう賑わっていたようです。

 

ちなみに、この写真は夕方撮影したものですが、
木々が輝いていてとてもきれいな場所です。

 

てか、都会ですよ。ここ。
都会のど真ん中にこんなオアシスがあるなんてとても素敵な場所です。

 

まとめ

さて、今回は名鉄瀬戸線廃線跡をたどる旅をお伝えいたしました。
みなさまお楽しみいただけましたでしょうか。

都会でありながら緑が豊かな場所。
そして外堀の中に電車が通すために多くの工夫が凝らされた路線。

ちょっとした散歩ついでに寄ってみてはいかがでしょうか。

このお話はここまでにしたいと思います。
また次回の配信をお楽しみに。

それではまた。

 

おまけ

今回のトリップで使用したもの

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カリテコバイク(名鉄協商
https://www.cariteco-bike.com/

名駅・栄・大須など主要箇所に設置。
片道(例:名駅大須)だけの利用もOK。
使用には事前登録とクレジットカードが必要です。